出張日記51

1月に入り毎週出張が続き、今回は17日~21日まで近畿・中国・四国方面に出張に出ました。

小浜も積雪50cmを超え17日島根のお客様と約束をしていたため、午前5時に出発しました。

いつもなら裏道を通って小浜西インターに向かうのですが、裏道は除雪がしていないことが多く積雪があるときは、国道が除雪がしてあるので国道27号線を通りインターに向かいました。

国道は圧雪で、30キロ位のスピードで走りました。舞鶴若狭道では最初は、ワイパーとウインドウオッシヤーでフロントガラスの汚れをふき取りました。

気温が低く-6℃の掲示板が出ていました。そのうちにワイパーに氷が付き拭いてもからぶきになり、おまけにウインドウオッシヤーも噴出し口が凍結して出なくなりました。

フロントガラスは汚れで、前方が非常に見づらくなりました。中国道は、福崎インターから佐用インターまでが通行止めのため山陽道に迂回しました。

途中、山陽道も姫路までは雪があり道路脇には10㎝位の積雪がありました。それでも、最高速度は100キロになっていました。岡山県に入ると全く雪はなくなりました。

岡山の吉備サービスエリアで米子道が通行止めのため島根に向かうのは、どの道で行ったらいいかを聞きました。

その結果、岡山道・中国道の三次インター経由 国道54号線での道を進められました。中国道も新見の先の東城・庄原・三次の区間は、かなりの積雪がありました。国道に降り三次市内は、轍で20キロくらいでないと走れませんでした。

峠をいくつか越えて広島県から島根県に入るとトラックがスリップして動けなくなりました。ソウコウしているうちに上下線ともストップしていました。いつの間にか渋滞の先頭になり、パトカーが前に止まりました。

警察官と話しをしているとトラックはスタッドレスタイヤを装着していても乗用車と違い重量があるので、圧雪にめり込み動かなくなるんやと警察官が言っていました。

ガソリンも途中で入れていなかったので残り少なくなり、もしや車の中で一晩寝なければならないのかと思いました。30分ほど待っていると、除雪車がトラックを引っ張って行き渋滞は解除されました。

それから少し走った所でガソリンを入れスタンドから出ようとしましたが、少しの上り坂のためスリップしてスタンドから出られませんでした。そのためバックして平たいところから国道に出ました。

雪の時は何があるか分からないので、早めにガソリンを入れなければならないと思いました。

それからは、順調に走り島根県に16時につきました。小浜から11時間かかり大変遅くはなりましたが、お客様の所に着くことが出来ました。

それから、米子に行って泊まりました。米子では、さすがに雪が多くクツでは歩くことが出来ず長靴で歩きました。

翌日、米子道から岡山県に向かう予定でしたが米子は晴れているにもかかわらず通行止めでした。米子道は3日連続通行止めでした。

そのため国道181号線と国道180号線を経由して新見経由で岡山に向かうことにしました。米子の町はずれの道は除雪が行き届いておらず、轍につかまり尻を振って橋の欄干にあたりそうになりました。

国道に出ると綺麗に除雪してありアスファルトが出ていて走りやすかったですが、峠を超えて鳥取県から岡山県に入ると、圧雪で走りづらくなりました。

その日は、岡山に泊まりました。翌日は、瀬戸大橋を通り愛媛県に出張に出ました。お客様との時間があったので、松山の伊予鉄道の梅津寺駅に行きました。東京ラブストーリーのロケ地今でもハンカチが結んでありました。

リカが言っていた4時48分、いまだに時刻は当時のままの時刻表通り変わっていません。

最終回で映っていた梅津寺パーク( 遊園地 )は閉園してありませんでしたが、梅園と駐車場は当時のまま残っています。

夜、松山のアーケードを歩きました。L型のアーケードになっていて、三越から伊予鉄の高島屋までつながっています。かなり長いアーケードです。

翌日は、松山から国道196号線を通って今治に行きそこからしまなみ街道で福山を目指しました。中々瀬戸内は風光明媚な所でした。

しまなみ街道を通るのは2回目、明石海峡・瀬戸大橋などと比べるとめったには通ることがありません。その日は、姫路まで行き宿泊しました。

最初の予定は3泊4日でしたが、お客様の予定が変わり4泊5日の出張となりました。なにはともあれ、大雪の中出張に出て無事に帰ってくることが出来ました。車は、ドロドロ松山ではあまりのドロドロさに冷たい視線を感じました。

22日はライオンズクラブの第41回スポーツ賞つどいが開催されました。夕方からは、若狭高校ラクビー部花園出場の支援委員会が開催されました。