就職活動

早くも3月になりました。長男が長女と入れ替わりに帰ってきました。中々家族4人が揃うことはありません。

高校時代の友人が三重県にいるのでそこに泊めてもらって車で帰って来たみたいです。

地方の大学に通っている人は車を持っている人が多いみたいです。

夜は毎日友達と食事会に行っているので話す機会がほとんどないのですが、就職は厳しいらしいです。就職があるのか、どの分野に就職するのか親にとっては心配です。

3回生ですが、未だに就職活動もしたことがありません。また、地元に帰って来るつもりはありません。

長女も地元には帰ってこないと言っているので、間違いなく私の家も空き家になります。

長男は、関東方面で仕事を見つけて何とか頑張ってもらいたいものです。

私が東京で働いている時は、出張で関東・東海・常磐・甲信越・東北・北海道方面を回りました。

その頃は上越・東北新幹線は大宮が始発で、上野から新幹線リレー号に乗り大宮まで行きました。大宮~長岡・新潟・宇都宮・白河・郡山・福島・北上・花巻・盛岡などに行きました。

特に思い出深かったのは、新潟~秋田までの移動でした。確か1日3往復位の特急しか秋田まで行っていませんでした。そのため乗り遅れると大変でした。

羽越線の鶴岡を出ると秋田市付近まで、◯DKの大きな工場が沢山ありました。製造メーカーはどんどん海外に進出しているので、今でも全部操業しているのでしょか?

この辺りは、◯DKの企業城下町のような地域に見受けられました。秋田から弘前・五所川原・八戸も回りました。

五所川原と石巻周辺は、全く言葉が解らず何をしゃべっているのか聞き取れませんでした。

五能線に乗ると岩木山が見えて綺麗でしたし、列車から手を伸ばせばリンゴがとれる位近い距離にリンゴ畑がありました。

そやそや、まだありました。函館で仕事をして帰り仲間業者さんに札幌まで車に乗せてもらいました。その当時殆ど高速はなく、小樽から札樽道に乗りました。凍結している高速を100キロで走るので、助手席に乗っていて生きた心地がしませんでした。

また、釧路で仕事をして北見まで列車で移動しました。ここも1日数本しかなく列車の時刻に合わせるのに必死でした。北見に着いたのが21時過ぎ、駅の案内所は閉まっていてホテル10軒ほど電話をしましたが、全部満室ですと断られました。うわ泊まるとこないやん。泣きの涙でした。何とかあと数件電話したらようやくホテルが見つかり、タクシーに乗るとお客さん近いですよと言われました。

近くてもいいからとにかく行ってください。泊まるところが見つかったので安堵の気持ちでした。

ホテルに入ったのが23時を回っていました。こんなにホテルが見つからなかったのは初めての経験でした。

北見にはT急百貨店・T急インのホテルもありましたが2つとも閉鎖されました。北見はT急グループの企業城下町やったんですかね?

千歳空港は幹線でディスカウントのチケットがあり、直接旭川・帯広・釧路空港に降りるより千歳空港からJRに乗り換えて行った方が安く行けました。色んな工夫をして出張に行ったものです。

この時代は楽しかったよな。仕事していても張り合いがあったから。私らの時代は売り手市場でナンボデモ仕事があったのに、今はなあ?